1987年に登場して爆発的ヒットを記録したアサヒスーパードライ。1988年にAS/400として発表され、多くの企業を支え続けるIBM i。ともに30年の歴史を歩み、今も愛され続けるビールとコンピュータ。領域は違えども、「お客様満足」をキーワードに進化を続ける2つの大ヒット商品の誕生秘話、イノベーションの歴史、そしてお客様満足の意味を語り合う。アサヒビール、NHK、東京芸術劇場や新国立劇場の経営トップを歴任した福地茂雄氏(アサヒビール 社友)と、日本アイ・ビー・エムの福地敏行氏(取締役 専務執行役員)。誌上初の親子対談でお届けする。
対談|福地 茂雄氏 × 福地 敏行氏
福地 茂雄氏 1957年、長崎大学経済学部卒業。同年、朝日麦酒(のちのアサヒビール)に入社。1999年、同社代表取締役社長に就任。2002年、代表取締役兼CEO就任。退社後、日本放送協会会長、東京芸術劇場館長、財団法人新国立劇場運営財団理事長などを歴任。
福地 敏行氏 1985年、大阪大学工学部卒業。同年、日本IBMに入社。2008年に執行役員 アウトソーシング事業担当、2010年に常務執行役員 金融事業担当、2014年に専務執行役員 インダストリー事業本部長に就任。2015年10月より現職。
ともに30年の歴史を誇る
アサヒスーパードライとIBM i
i Magazine(以下、i Mag) 30年前にアサヒスーパードライとIBM iが誕生した背景をお話しいただけますか。
福地社友 アサヒスーパードライは、地獄の底から這いあがるような思いで誕生させた商品です。当時、アサヒビールのシェアはどん底と言ってよいほど厳しい時代にあり、会社が存続できるかどうかの瀬戸際でした。「ここで変わらなければ、会社がつぶれる」という危機感を全社員が共有し、背水の陣で臨んだのです。当時の社長であった村井勉さんは、アサヒビールで初めての経営理念を策定しました。それは「最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客様の満足を追求する」、つまり「お客様満足の理念のもと、すべてを変える」という方針です。今でこそお客様満足という言葉を多くの企業が使っていますが、そのころはまだ一般的ではありませんでした。5000人という大規模な消費者の試飲調査を敢行し、お客様の声を聞き、いろいろと試行錯誤を重ねました。当時はビールの味はメーカーが決めると考えられていたので大きな変革です。そして1986年に、コクとキレのある「アサヒ生ビール」が誕生しました。社内では「コクキレビール」と呼んでいましたが、コクとキレは両立しないと考えられていたので、これは画期的な商品でした。
福地専務 お客様が導き出した味だったわけですね。プロダクトアウトからマーケットインへの転換とも言えます。
福地社友 そうです、容器戦争が中心であったビール市場で初めて味に挑戦したという意味でも画期的でした。樋口廣太郎さんが社長に就任した翌1987年、お客様調査をもとに、さらに新しい味のコンセプトを備えたアサヒスーパードライを発売し、爆発的ヒットとなりました。研究開発、マーケティング、製造、営業、そして資金調達を担う財務まで、社員全員の努力の結晶で誕生した商品です。飲んでいただかないと、そのよさがわからないから、営業だけでなく内勤者も総動員し、全社員で数多くの試飲会を実施しました。全社の歯車のどれ1つが欠けても、今日のスーパードライ、そしてアサヒビールは存在しなかったはずです。
福地専務 全員参加で生まれた商品ですね。IBM iがAS/400として誕生したのは翌1988年です。当時はメインフレーム全盛の時代でしたが、AS/400はITのプロフェッショナルではない方々でも簡単に使いこなせる操作性、アプリケーションを容易に開発できる生産性、日々の業務を効率化する運用性など、今までとはまったく異なる設計思想を備えており、瞬く間にIBMの大ヒット商品となりました。私が入社してまもなくAS/400が登場したのですが、大手金融機関のお客様が全国の拠点に1000数百台規模で導入されるのを間の当たりにして、過去に例のないダイナミックな革命が進行していることを肌で感じていました。お客様満足という言葉を使うなら、IBM製品は数多く販売されているものの、これほど長きにわたりお客様に満足いただいている製品はほかにないと思います。
「常識」を発想の起点にせず
飲み方・使い方を考えていく
i Mag 誕生から30年間、ブランドを維持していくには、スーパードライもIBM iも、さまざまなイノベーションを経験してきたのでしょうね。
福地社友 ブランドは簡単に捨てたり、やめたりしてはいけない。時間をかけて磨いていくものだと感じます。ビールは生活文化や食文化に根差すので、日本の食の嗜好が劇的に変わらない限り、ビールの味自体を大きく変えることはありません。しかし飲み方を変えたり、飲む場所や機会を創造する努力はこの30年、絶え間なく続けてきました。重要なのは、世間一般で当たり前とされていること、つまり「常識」を発想や思考の基準に置かないことです。私も常識を覆された経験があります。入社してから50年以上、ビールの飲み頃温度は摂氏4〜8度と教えられてきました。でもそれより低い、マイナス2〜0度という氷点下の温度帯でスーパードライを提供する「エクストラコールド」という飲み方が、若者を中心に大きな支持を得ました。私が大阪の心斎橋にある「エクストラコールドBAR」というアンテナショップに足を運ぶと、土曜の夜9時すぎに、若いお客様が40人ほど行列を作っていたのを見て感動しました。同じビールなのに飲む温度を変えるだけで、こんなにも受け入れていただける。私は深く感謝するとともに、あらためて自分の常識を発想の起点にしないように自らを正しました。
福地専務 IBM iは誕生から30年を経た今も、多くのお客様にお使いいただいており、当時開発したプログラム資産が今も変わらず使用できるのは素晴らしいことだと、お客様から高く評価されています。その一方で、最新テクノロジーをご利用いただけるように、常に時代のニーズに合わせて進化してきました。オープン系の最新テクノロジーの多くがIBM iでも利用可能ですし、最近はクラウド、AI、モバイルなどのニーズにも対応しています。今までずっとコンピュータはビジネスプロセスの一部を自動化したり効率化する存在でした。しかし近年は、ITそのものが新しいビジネスモデルを創出するなど使い方が変わり、使う領域も大きく拡大しています。たとえばAIでは、高齢化が進む日本社会にあって人の生活を支援する、就労人口減少が進む日本の企業にあって人の判断を支援する、といった変革が生まれています。すぐに個人・社会のあらゆる場面で、より身近なものになっていくでしょう。
福地社友 世の中は急速に変化しており、変化のスピードも劇的で、しかも変化の間口が広く、奥行が深い。ビールもコンピュータも、それに応えていかねばなりません。同じでは進歩がないし、行き過ぎるとお客様は付いてこられない。半歩先を行くぐらいのバランスがよいのだと思います。ただし30年間、1つだけ変わらないものがある。それは「お客様満足」を中心に据えた経営理念だと考えています。私はアサヒビール、NHK、東京芸術劇場や新国立劇場の経営を任され、就任のたびに「業界が異なるので大変ですね」と声をかけられましたが、業界の違いなど苦になりません。消費者、視聴者、観客とお客様の呼び名は変わっても、いずれの場合も「お客様満足」という信念に従って行動すれば、迷いはありませんでした。
お客様満足とは
ゴールのない駅伝競走である
i Mag 福地専務は、経営者としてのお父上に聞きたいことはありますか。
福地専務 とくにありません。私から見れば経営者というより、母親に頭の上がらない普通の父親ですから。この変化の激しい時代には、きっと親父も私から学ぶことがあるんじゃないかと思います。
i Mag 福地社友は経営者の先輩として、ご子息に伝えたいメッセージはありますか。
福地社友 ありません。そもそも、言っても聞くわけないし(笑)。まあ、人工知能やダイバーシティについてはいろいろと聞いて、今では自分でも話せるようになりました。
i Mag ところで福地専務は、どうしてアサヒビールではなく、日本IBMに入社されたのですか。
福地専務 私は大学では金属材料を専攻した理系出身者でしたが、就職では営業職を希望していました。父はたまにアサヒビールの社宅に営業メンバーを連れてきて、楽しそうに飲んだり、話したりしていたので、子供のころから営業の楽しさを肌で感じていたように思います。でも親子で同じ会社というのは、まったく頭になかったですね。自分で営業系の面接を受けているなかで、IBMという会社にとても自由な雰囲気を感じたので入社しました。
福地社友 「上にいる人間が遅くまで働いていると下が帰れない」と言って、息子はわりと早く家に帰っているようです(笑)。息子の話を聞きながらIBMを見ていると、人をとても大切にする、よい社風の会社だなと感じますね。アサヒビールも人を大切にする会社です。それは成長する企業の絶対条件です。商品を作り出すのは人ですから、人を大切にしない会社では、お客様の満足するよい商品を作り出すことはできません。
福地専務 私も毎日飲んでいるサポーターの1人ですが、スーパードライは今後の10年も変わらずお客様を満足させるビールとして続いていくでしょうね。それはIBM iも同じです。米IBMは今後10年のロードマップを発表し、IBM iを提供し続けていくことを約束しています。お客様も、お客様を取り巻く環境も大きく変わっていくでしょうが、IBM iはそのビジネスニーズやご要望に最適な形でお応えし、必ず40周年も祝っていただけるように努力していくつもりです。
福地社友 ただし30周年、40周年というのは、作り手にとっては大切であるものの、お客様にとってはあまり関係ないのですよ(笑)。たとえ何十周年であっても、お客様が目を向けなくなればそれだけのことです。今は、「お客様満足」を口にしない企業が見当たらないほど、当たり前の言葉になっていますが、「本当にお客様は満足しているのか」と、常に自らに問いただしていく必要があります。お客様はその瞬間は満足されたとしても、すぐに次の価値に目が移って、満足されなくなります。私は、お客様満足とは「ゴールのない駅伝競走」のようなものだと考えています。お客様満足に100%達成はあり得ません。お客様満足というものは、常に高度化し、進化し続けていくのです。だからお客様にとって価値があるかどうかを、何年経っていようと常に検証し、考え続けることが重要だと思っています。
[i Magazine 2018 Winter(2018年11月)掲載]